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初めまして。

「ばっしらいん」というユニットを2017年の7月からやってます。

 

大阪の難波にあるおぼらだれんというお店がきっかけで結成しました。

 

このページでは、初心者の方へ

名前の由来やメンバー紹介をさせて頂きます♪

沖縄って小さいけどデカい。「ばっしらいん」の意味とは?

沖縄本島で「いらっしゃいませ」は

よく聞く「めんそーれ」です。

 

沖縄本島で「こんにちは」は

よく聞く「ハイサイ」です。

 

一方、同じ沖縄でも“島”が変わると全く違う言葉になるんです。

 

例えば「ありがとう」

 

沖縄本島では「にふぇーでーびる」

石垣島では「みーふぁいゆー」

徳之島では「おぼらだれん」

そして、宮古島では「たんでぃがたんでぃ」

 

 

これ、全部「ありがとう」なんです。

 

 

もはや、外国語並に全部違いますねw

一言で“沖縄”って言っても小さな島なのにデカいです。

 

さて、僕らの「ばっしらいん」というのは宮古島の方言で

“忘れられない”と言う意味です。

 

そして、僕たちがこの名前に込めたもう一つの想いは

“忘れられないくらい楽しい時間を過ごして欲しい”

と言う信念でライブをやってます♪

 

僕たちを通して沖縄好きが一人でも増えたら嬉しいなって思いますね。

ばっしらいんそれぞれのメンバー紹介

粟國 翔平(あぐにしょうへい)と東久保 輝(とうくぼ あきら)

の二人からなるユニットです♪

 

二人とも沖縄育ちじゃないんです。

宮古島二世、高音ボイスの持ち主!粟國 翔平 (あぐにしょうへい)

【ギター、ボーカル、三線、ブルースハープ、その他担当】

 

宮古島出身の両親が仕事をしに、関西に移り住みました。

 

平成2年に僕は関西で生まれ落ちます。いわゆる二世と言うやつです(宮古島の)

 

父が、三線をやっていたと言う特殊な環境で育ったので

小さい頃から沖縄民謡がそばにあるのは当たり前でした。

 

僕には姉が一人いて、彼女もまた小さい頃から沖縄民謡に慣れ親しんでました。

ある時、父に連れられのちに三線の師匠になる先生の元へ。

 

自分の体くらいある、長い三線を抱えるのがやっとでしたが

半強制的に父から三線をやらされた記憶があります^^;

 

小学校の頃、大阪の大正区にある三線教室に

三線を担いでバスを乗り継ぎ、通うのが日課でした。

沖縄の人はゆっくりしてるなんて嘘です。

みんな、大人は子供に向かって厳しいことも言います。

もちろん、優しい大人もいました。

 

中学になり、聴く音楽もL’Arc〜en〜CielなどのJ-POPへとかわります。

当時は、ギター少年で来る日も来る日もラルクのKenに憧れてギターを練習します。

Kenのようにタバコを吹かして見ましたが体質に合わずやめました。

 

高校生の頃、姉と親父と3人で沖縄民謡居酒屋のステージに多数立ちました。

そこでも、心無い大人達がこんなことを言ってきました。

「あんたの歌は民謡じゃない」「有線聴いてた方がマシや」

僕は思いました。「死なす(←沖縄の方言)」

しかし、その悔しい思いをバネに「今に見てろよ!」と

父の車にこもり、練習を重ねました。

 

その結果、徐々に周りの僕の民謡に対する反応も変わってきました。

大学に入り、父との方向性の違いによりw

姉と二人で民謡を続けることになります。

 

姉とはいろんな沖縄民謡居酒屋をまわりました。

これまでやってこなかったDTM(打ち込み音楽)を取り入れたり

姉が三線で僕がギターを弾くスタイルだったりとたくさんのテストをステージでぶつけました。

 

が、姉の結婚が決まり「解散しよう」と言うことになってしまいます。

大学で知り合ったバンド仲間と年に数回ライブには出ていたものの

そんなんじゃ足りるわけもなく、ずっとやってきた音楽を辞めるわけもなく

僕は一人でも沖縄民謡居酒屋のステージに立ち続けました。

 

一人になって思ったことがあります。

 

「一人ってこんな大変なんや」

 

これまでは、姉が歌っているときは僕はギターに集中したり

姉が喋ってるときはMCはしなかったりと言う時間があったからです。

でも、今は一人です。

 

どんな風にして、一人のステージを作り上げたらいいのか・・・

 

正直、結構悩んでたと思います。

そんな時、いつも出ていた難波にあるおぼらだれんのマスターから一本の電話がきました。。。

 

・趣味

多分、料理

DIY

ロードバイク

漫画、ゲームなど

 

・好きな食べ物

この部分、あきらが代筆してるので見てる限り・・・

甘いもの辛いものなんでも食べてる印象です。

(学生時代、天下一品でバイトしてたってよ)

 

兵庫県出身、沖縄好きすぎて4年間住んでました。東久保 輝(とうくぼ あきら)


【ギター、ボーカル、その他担当】

双子の僕は違和感を覚えていました。

小学校では同じ学年だけど違う教室に同じ苗字の兄貴がいます。

全然顔も性格も似てません。

なんなら身長まで違う始末。。

でも、僕らは双子なんです。

いわゆる二卵性ソーセージってやつです。

 

3歳くらいの時、家にあったおもちゃのキーボードで突然

CMソングを教えてもないのに弾きだした僕を見て

おかんは「この子、天才だわ!(キラキラ)」と目を輝かせてたんだそうです。

(あとで母に聞きましたw)

 

小学校の時、これといった趣味はなく

友達が釣りをやってるからと言う理由で

虫が嫌いな癖に、川に付いて行き嫌いな虫と戦ってました。

 

釣れた魚も触れないので、結局友達にルアーを外してもらう始末です。

 

中学の時、Mr.Childrenの「終わりなき旅」という曲を耳にした時

音楽を聞いて初めて“泣きました”

音楽には何か特殊なパワーがあるのかもしれない。音楽で救われた経験がある人は多いと思います。

 

僕も音楽で人を救いたい

 

そんなかっこいい理由も確かにありますが

ギターを始めたきっかけはごくごく単純なもので

近所の一つ上の先輩がギターをやってると言う理由で

僕もギターが欲しい!となりました。

 

最初に買ったギターは雑誌の最後のページにある通販の

5500円の青いギターでした(のちに高校の軽音部に寄付しました)

周りからは何をやっても続かない性格の僕に

「どうせまた今度もすぐ辞めるよ」とギターが趣味と言うことを信じてもらえませんでした。

 

しかし、自分でも驚くことにギターだけはのめり込んでいったんです。

高校生の時、文化祭でMr.Childrenのカバーバンドを組んで演奏しました。

隣の高校の女子から逆ナンされました。

 

音楽一筋の学生時代を過ごしてきたこともあって、

就職や大学へ進む道は考えられませんでした。

僕は、音楽の専門学校へと進むことを決めました。

(決めたのはいいけど、家庭の事情で奨学金でしたが;)

 

専門時代は、いろんな友達に「曲作って」とか「ギター教えて!」

って言われて、気分がよかったです。

ギターを長くやり続けてよかったと思えた瞬間でした。

 

やがて、楽しい専門学校も終わりに近づき、ある企業にスカウトされます。

それまで一度も地元猪名川町を離れたことなどなかった僕は

迷わず上京の道を選びました。

 

(予感はあると思いますが、僕はちょっとだけ粟國翔平より年上な分プロフ長めですw)

 

上京し、トントン拍子でうまくいく!…と思いきや現在そんな甘くありませんでした。

来る日も来る日もバイト三昧で、ライブ活動どころじゃなかったです。

生きるのにやっとの状態でした。

 

一番大切な青春とも言える20代前半は東京という大海原で

なんとか溺れないように必死にもがいて時だけが過ぎました。

「そろそろいい歳だし」

そんなセリフがちらつきます。

 

そんな時です。

「沖縄で歌ってみない?」と天からの誘いがありました。(沖縄の音楽知り合い)

当時、鳴かず飛ばずのユニットと沖縄で音楽生活を天秤にかけ

答えを出すのにはそう時間はかかりませんでした。

 

組んでたユニットのある練習日に

「沖縄行ってくる」

と告げると、そんな状況だったからか

「わかった」

とだけ言われ、別段引き止められることもなく。

僕の心はすでに沖縄へ向いてました。

 

 

沖縄の人は暖かいです。

見ず知らずの僕を受け入れてくれました。

売れないミュージシャンであろうが関係なく、一人の人間として。

 

 

僕は嬉しくて、頑張って沖縄民謡を与座幸賢の元で修行させてもらいました。

と言っても、僕はギターずっとやってたのでそれをいかして

民謡にギターを合わせるというスタイルで演奏してました。

 

「あんた、いつ帰ってくるの?」

 

ある時です、飛行機が大の苦手の母から

僕が沖縄に移り住んで一度も帰らなかったこともあり連絡をもらいました。

関西に帰ったところで、正直なんも決まってないけど

「そろそろいい歳だから」という理由で沖縄を後にします。

 

 

(もうそろそろ終わりますw)

 

 

関西に帰り、しばらくは就職をしてましたがやっぱり大好きな音楽が忘れられません。

そんな時、沖縄でお世話になっていた与座幸賢から「今度関西でライブするからギターやってよ」

とお誘いがありました。

 

それが難波にあるおぼらだれんでした。

 

おぼらだれんで、僕は涼先生という三線の先生にスカウトされます。もちろんギターで。

それからというもの、関西に帰ったのに

沖縄時代より沖縄音楽をいろんなところで演奏させてもらいました。

 

しばらく経って、おぼらだれんマスターから一本の電話がありました。。。

 

・趣味

多分、料理w

引きこもってブログとかこちょこちょいじる。

ゲームやテレビは一切見ない代わりに

ビジネス書とかビジネス教材をずっと見てる

酒飲むことw

 

・好きな食べ物

沖縄料理←好きすぎてゴーヤチャンプルーとか自分で作ります。

野菜、肉、健康そうな食べ物(スーパーフードとか)

でもたまに超こってり豚骨ラーメンとかも食べます。(甘いのも辛いのも大好きな雑食)

 

結成のきっかけは難波にある「おぼらだれん」というお店のマスターでした。

ある一本の電話。

粟國翔平と僕が知り合う前にそれぞれに「おぼらだれん」のマスターが電話してくれました。

 

「紹介したいやつがおるんやけど時間作られんか?」

 

あとでわかったんですが、僕も粟國翔平もこの時仕事がピークに忙しく

なかなかタイミングが合いませんでした^^;

 

その時は突然来ました。

 

おぼらだれんのオープンマイクという誰でもステージで歌っていいよ

って日があり、たまたま仕事の都合がついたので

前々からおぼらだれんのマスターが紹介したいと言っていた人物に会うことになりました。

 

そう、粟國翔平(あぐにしょうへい)です。

 

彼と挨拶も早々にステージに立ち

BEGINさんの「イラヨイ月夜浜」を演奏します。

打ち合わせ時間は0分です。

 

さて、結果は・・・

 

その場で僕らのことを見てくれてたお客様の反応が思いのほかよかったんです。

また、当の本人たちも

「これはイケる」

と互いに思っていたみたいです。

 

こうして“ばっしらいん”は結成に至りましたとさ。

(完)

 

紅白歌合戦に出そうな「きいやま商店」さんと同じステージに立ちました!

このイベントなんですがね。

 

すごかったですよ。

 

うだるような暑さの中、500人くらいのお客さんの前で

結成1年くらいの若僧のばっしらいんが

 

なんと!紅白歌合戦に出そうなw

きいやま商店さんと一緒のステージに立たせていただきました!!

(紅白歌合戦の件ですが、きいやま商店さんのウィキペディアにそう書いてますw)

(きいやま商店さんは、超有名アーティストで

彼らのライブの時にはお店の予約の電話が鳴り止まないことで有名です)

 

こんな素敵な機会を与えてくださり、本当に感謝してます。

 

大阪ベイタワー琉球フェスティバル2018のライブレポはこちら

→「7月15日(日) 大阪ベイタワー琉球フェスティバル2018満員御礼!最後までありがとうございました!

 

ばっしらいんはこの時、初めてオリジナルCDも作りました。

→「ばっしらいんオリジナルCD「いつまでも」が遂にネット購入できる!

 

いやぁ、自分たちで言うのもなんですが・・・

僕たち恵まれてます♪愛されてます❤️w

沖縄好きな人って、ほんとあったかいんですよね。みんな。

 

ありがたいことに、ばっしらいんのライブを見てくださったお客様から

「忘れられないくらい楽しい夜になったよ!」

とか言ってもらえたりします。

 

あれ、コンセプト通りの活動できてるやん(*´ー`*)♪

 

他にもたくさんのライブ経験をさせていただき

2019年にある決心をします。

 

「そうだ、イベントをやろう」

 

早すぎると思われてたと思います。

若僧のばっしらいんが調子乗りやがってと思われたと思います。

でも、思い立ったが吉日と言う素敵な名言を残された誰かがいます。

 

言い出しっぺはあきらでした。

 

最初は、コンセプトもなんも決まってなくて、

とりあえず日にちだけ考えてました。

僕は4年間、沖縄に住んでてある日のことを思い出しました。

 

慰霊の日

です。

慰霊の日とは沖縄にとって特別な日です。

 

いわゆる、沖縄戦が終わった日とされていて

この日は沖縄がほぼ休日になります(一部を除く)

そして、慰霊の日にまつわるいろんなイベントも開催されます。

 

「慰霊の日に合わせて沖縄好きで集まって沖縄を盛り上げたい!」

そんな、なんとも掴み所があるのかないのかわからないコンセプトですがw

開催に向けてCAMPFIREにも挑戦しました。

 

準備不足で色々と至らないところもありましたが、

やることが大切。うん。

 

CAMPFIRE終わって、いよいよその日が近づいてきました。

 

6/23(日)ハイサイ沖縄バン祭やっちゃいます

詳しくは「ハイサイ沖縄バン祭特設ページ」にまとめてますので

そっちを読んで欲しいのですが

ハイサイ沖縄バン祭特設ページ

ありがとうございました^^

 

ここまで自己紹介を読んでいただいて思いましたか?

僕は思います。

「ようそんな無謀なことやったな」と。w

 

しかし、言い出しっぺですので最後までやり通さなきゃならないです。

それも、出来ればみんながハッピーなカタチで締めくくりたい。

 

だからこそ、ハイサイ沖縄バン祭を盛り上げるために

人生で一番大切な“時間”を一体どれだけ投資してきたか。

 

でも、いいんです。

 

だって

 

「あの時、ハイサイ沖縄バン祭やっとけばよかったな・・・」

って死にたくないので!

 

ってことで、アツめに語りましたがw

ハイサイ沖縄バン祭、おすすめです。

 

このイベントのこと超ざっくり話すと

一日中、沖縄一色の沖縄好きが集まる楽しいイベント

です。

 

今、沖縄そこまで好きじゃなくても

このイベントに来てもらったら、沖縄の良さが伝わるんじゃないかな。

 

絶対楽しいイベントにします!

 

ちなみに、チケットの値段は3000円なんですが破格ですんません。。

だって、7組もアーティストさん呼んどいて

1組たったの428円で見れちゃうんですもの・・・(ぃ安いっ!)

 

これは見なきゃ損ですよ。

 

ハイサイ沖縄バン祭特設ページからも実はチケット買えるんですが→ありがとうございました^^

このページここまで読んでくれていながら

「インターネットで買い物はちょっと・・・」と言う

矛盾を感じる疑問を感じてるそこのあなた!

(うちのおかんもネットで買い物は極度に嫌がるんでわかります)

 

安心してください!

当日、会場にそっと現れても大丈夫なように

当日券もちゃんと用意しておきますので^^

 

しかし、先に予約などのカタチでチケット確保しておいてください。

 

今現在、チケットがすでに100枚以上売れています。

会場の広さはマックスで250人しか入らない小さな会場です。

こうしている間にも、総合司会のぜつまけのお二人がめっさ営業してくれてます。

(ぜつまけとは、ポッドキャストの人気番組で、ハイサイ沖縄バン祭の司会をしてくれる2人です。)

 

こないだも「5枚売れたよ!」「ぜつまけのリスナーさんが20枚買ってくれたよ」

など、売上報告が続々と上がって来てました。

 

ちなみに、僕らばっしらいんもこないだの正等寺春まつりと言うイベントで

24枚売れました。

 

焦ってください。

 

あまり、残席はないです。

 

出来ればホームページから買ったほうが確実ですので

一応、フォーム置いときますね。

 

↓↓

【クレジットで購入】
こちらをクリック←→ありがとうございました^^

【銀行振込で購入】

以下のフォームに
お名前とメールアドレスをご記入の上送信ボタンを押してください。
↓↓

後ほど自動返信で案内が届きます。

※当日券も(多分)ちゃんとあります。

 

不安な方は「問い合わせ」より

「当日券予約しといて〜〜〜!」

って焦ったご連絡お待ちしております。w

お問い合わせフォーム

 

と言うことで、まだ結成2年たってないばっしらいんが

初主催する、ハイサイ沖縄バン祭

チケット買ってくれた方は当日一緒に楽しみましょうね^^

↓↓↓

ハイサイ沖縄バン祭特設ページはこちら      → ありがとうございました^^

PS

SNSも密かにやってます。

twitter、YouTube、Facebook、Instagram

全部です。w

SNS一覧ページ作ったんで、よかったら繋がってくださ〜い

ばっしらいんのSNS一覧はこちら

最後までありがとうございました^^

 

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